2016年 02月 19日
私の履歴書 涌井清次  
15日涌井氏が丁寧に「私の履歴書」の著書を持参された。
彼とは小学校1年生から3年間同級生で過ごした。
住まいの住所は離れていたが、現在の第一産業道路沿に住まいが面していたこともあり、記憶的に彼のクラス人気は大きく、気になる生徒であった。
中学校は地域割制で別々の学校に離れ、彼は高等学校から日本大学工学部経営工学科機械専攻に進み、後に実兄の株式会社涌井製作所に身を置きながら、持ち前の能力を惜しみなく発揮し活躍された。
その後、共同組合三条工業会専務理事として活躍される。
工業会専務時代は、持ち前の能力と、実践的技術の指導が実を結び、産業界に大きな存在価値を残された。

この様な存在感の彼とは、三条エコノミークラブで再開し、縁があり私にエコノミークラブ会長を指名した人が、直前会長の彼であった。
又、今日では、八日会のメンバーとして、持ち回り制で各月八日を基準に盃を交わしながら、家庭の事・仕事の事・産業界の事・政治の事と話題豊富に談義する。
我が妻の療養中にしても、妻の葬儀にしても、仲間の一人として激励を受けながら今日も一日無事に過ごせたことに感謝している昨今。
我が仲間多く居る中に、涌井清次氏も価値深い人物である。
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by ishizaki-kenzan | 2016-02-19 15:00


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