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2015年 12月 24日
当社、今年の5大ニュース
何と言っても
1)妻の死去
2)商社による中国市場参入
3)原材料の入荷問題
4)地盤沈下による補修
5)内職先死去

1、ブログに記載しております「余命1ヶ月」の宣告
考えてもいない妻の死去、仕事上の混乱、私生活への凸凹
如何に妻が空気の様な存在であったかを知らされている日々。

2、従来から何らかの形で少量ながら商社を通して、剣山が中国に
渡っていたが、A商社の商談成立で本格的に取扱い開始。
国内市場も伸びが鈍化しており、貴重な存在にあってほしい。

3、原材料とは、剣山、土台部分の鉛に関しての問題である。
主材料で無く、サブ的素材が頻拍しての問題であるが、
当社の主力製品問題でもあり、重大なニュースであった。

4、三条市が工業団地として開発したこの地が軟弱地盤で困ったものである
団地進出17年で3回目の社屋補修。
そんな矢先に、木製バイオマス発電所が団地に進出とのことである。
軟弱のこの地に100メートル深い地下水をくみ上げるとの問題が起きた。
間伐材使用と言っているが、当面、地域の間伐材で進むであろうが
県境の福島県から間伐材が・・・と、考えると怖い話になる。

5、17年間当社の内職を手伝っていた64才の男性が9月中旬に死去された
脳梗塞で倒れて4日目に他界した。
当時、妻の闘病と内職先の死去と大わらわの日々が続いた。
いずれ、内職先を検討しなければと考えている。
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by ishizaki-kenzan | 2015-12-24 13:09
2015年 12月 21日
余命一ヶ月(15) 
四十九日法要

葬儀の後、妻の訃報を知った駆けつけられる人たちに
応対の日々が続く。
見えられる人々の言葉「先日まで事務所に仕事をしていたのに・・
「6月一緒に旅行を行ったのに」「この間買い物で立ち話をしていたのに」
の最後に「あんなに元気そうだったのに」の言葉が付いていた。

菩提寺の都合により11月22日に四十九日法要を執り行う。
菩提寺住職様も認める、語呂合わせで「良い夫婦いいふうふ」の日に
法要を済ませる。
妻の兄弟、私の兄弟、この度の葬儀取り込みに私の指示に惜しみなく
行動を共にしてくれたことに感謝の意を告げた。
日々留守になる為、この日に納骨も収める。

兄弟も引き取られ一人祭壇の前に座ったが、御骨の無い空間が
私の心にポッカリと穴が開いたような心境になった。
正に魂が抜き取られた瞬間の様でもあった。
同時に、頬を濡らすものが流れてきた。
娘の心境いかなものか?私以上に悲しいのであろう・・・。
妻に誓う「娘、暁子とこれからも仲良く暮らすからな」と言い合掌する。

あれこれ80日の日々が過ぎようとしている。
時の慌ただしさから、漸く自分らしい生活環境に戻りつつになった。
年の瀬に何かし気忙しさも加わるが、体調だけは十分注意をしたいものと
インフルエンザー予防接種を受けてきた。
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by ishizaki-kenzan | 2015-12-21 15:06
2015年 12月 18日
会員との別れ   
三条祭りに係る「三条導祖神昭三同意会」メンバーの
訃報を聞き、担当当番長とお悔みに伺う。
相田信義氏・行年78才・・・静かに眠られていた。
喪主様と当会の習わしを説明しご理解を頂く。

現役会員の死亡時は、お通夜に会員全てに召集案内をする。
お通夜の席を確保して頂く。
葬儀式には、祭りの導祖服装で参加(紋付・手甲、脚絆、白地の足袋、手袋着用)
此の襟立ちで、棺を霊柩車に乗せる役割をお願いする
霊柩車に乗せた後、会長の一言、別れの言葉を述べる。

12月16日通夜式・17日葬儀・・・会長職の任に昨日・今日と参列するが、
妻を亡くして日が浅い事もあり、遺影写真が妻の顔とダブル様な錯覚に落ちる。
(妻、美知子はどちらの道を歩いているのか・・・相田さん、もし妻にあったら一言伝えて下さい「社員と家族が待っているから早く帰りなさいと」)。
会長の言葉
「相田さん、40年近い三条祭りのご導祖ご苦労様でした。
又、後輩の指導にご尽力いただきありがとうございました。
安らかに御休み下さい。」         合掌
相田氏のご冥福を祈りながら務めを果たし一日であった。


何かに言っている内に今年も後二週間、
例年に比べて低調な荷動き・・後一週間に期待を込めながら・・。
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by ishizaki-kenzan | 2015-12-18 09:53
2015年 12月 14日
余命一ヶ月 (14)                    
葬儀式と激励の言葉

11時30分葬儀式~1時出棺
言葉挟むことなく葬儀式は淡々と進行する。
前日に棺の車を創業時の会社脇通りを通過することをお願いする。
旧会社近くから速度を落し通過する。
胸中「美知子ここからが全ての出発だったな・・・」と位牌に声を掛けた。
火葬場に着き最後の声掛け「母さん、起きてこないと燃やされるぞ・・・
本当にありがとう、ご苦労様、ゆっくりお休み・・・」と声を掛けるが
妻からの返事は聞こえず・・・火葬の扉が静かに閉まる。

田舎の習慣、葬儀式後に「御斎」を頂く。
参列者に一人一人お礼の挨拶を交わす。
掛けられる言葉、数ある中に「此の悲しみを忘れさせるのは、時間しかないよ」と、ご主人を癌で他界された奥様がしみじみと語られた。
今の自分には、其の時間すら見えないのであった。
ただ、昨日の通夜式に、過去に勤務した社員はじめ、家内の旧友の方々が
見えられ、私の30年有余前の知人が焼香に見えたことに深く感謝するとともに、人と人の付き合いは大事にしておくものと痛感する。


年末を迎え本業が気忙しくなってきた。
適正在庫を保有していたかと思えば、家内の出来事が有り、
例年より少なめの在庫か?
それを言ったら「おしまいよ」と寅さんのセリフが横切り、仏に申し訳ない。
朝礼に社員に「がんばろう」の声掛けで、今日の一日が始まった。
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by ishizaki-kenzan | 2015-12-14 15:36